

素顔のベートーベン 音楽の革命家 山の上から人間界を見下ろす時 交響曲第9番 ベートーベン生誕250周年企画 共同通信より 5回連載コラム No.5
山の上から人間界を見下ろす時 交響曲第9番 頑固で変わり者だっ たと言われているベートーベン。足しげく通ったのは湯治である。あちこち体の不調を訴えていた彼はヨーロッパ中の温泉保養地で湯治を試みている。ウイーンの近郊都市、バーデンもその一つ。ベートーベンがこよなく愛した街だ。ほのかに温泉の香りが漂うこの街では、ゆったりとした時間が流れ、訪れるものを優しく包み込んでくれる。 ベートーベンが住んでいた家で住所が分かっているのは現在7軒。そのうちの一軒が博物館「ベートーベンハウス バーデン」として公開されている。彼はこのアパートで交響曲第9番を書いた。 バーデン北部は緑豊かな丘になっている。ベートーベンハウスからその頂上まで徒歩数分で簡単に登ることができる。丘の上からはアルプス山脈に囲まれたこの美しい温泉避暑地が一望できる。家や人が小さく見え、空が近い。なんだか日常の悩みなどささいなことだと思えてくる。ここに立っていると、街を、世界を、自分の手中に収めているような、そんな大きな気になる。「…兄弟よ、自らの道を進め…」「…この星空の上に、聖なる父が住みたも


素顔のベートーベン 音楽の革命家 ベートーベンの人間味を時空を超えて感じる喜び フィデリオ ベートーベン生誕250周年企画 共同通信より2020年秋5回連載コラム No.4
ベートーベンの人間味を時空を超えて感じる喜び フィデリオ 現在、ウイーン旧市街地でベートーベンの住居として現存し、博物館として公開されているのがパスクバラティハウス。王宮に近く、周辺はその当時の国際的大都市をほうふつさせる、ふと襟を正したくなるような凛とした雰囲気がある。 ベートーベンは世界で初めてフリーランスとして生計を立てた作曲家だ。彼以前は教会や貴族の専属として注文される曲を書いていた。しかしベートーベンは好きな曲を書き、それらの楽譜を出版社に持ち込んだり、コンサートを企画したり、と現代さながら音楽ビジネスにも精力的に取り組んでいる。このパスクバラティハウスの前に立つと、そんなビジネスの話をするために気持ちを引き締めて早足に外出するベートーベンの後ろ姿がふと見えるような気がする。 ベートーベンは、彼の唯一のオペラ「フィデリオ」をここパスクバラティハウスで作曲した。このオペラは何度も書き直され、その度に新しい序曲が生まれた。最後に書いたものが「フィデリオ」の序曲として演奏されるのが常だ。 冒頭は、タンタタン、タンタタン、タンタタンタンタン!


素顔のベートーベン 音楽の革命家 3/5 エリーゼとは誰か?世界中のピアノ愛好家の憧れ エリーゼのために ベートーベン生誕250周年企画 共同通信より2020年秋5回連載コラム
素顔のベートーベン 音楽の革命家 3/5 ベートーベン生誕250周年企画 共同通信より2020年秋5回連載コラム ピアノの初心者に「発表会で弾いてみたいと思う曲 ナンバーワンは?」と聞いたら、まず上がるのが「エリーゼのために」だ。かく言う筆者も、ピアノを習い始めたその昔、「エリーゼのために」を弾くことに憧れて頑張って練習した。その頃はベートーベンがどれほどの人かは全く知らなかった、のにである。このエリーゼ熱は日本だけなのかと思ったら、海外でも大人気であることを欧米生活を始めてから知った。 「エリーゼ… 」は技術的にはさほど難しくなく、叙情的ながら耳に残る有名な「タラタラタ…」と始まる旋律の合間合間に、華やかな中間部、激情の後部が挟まれるサンドイッチのような形をとっている。なんという傑作をベートーベンはかいたのか。40歳の恋するベートーベンが作曲した小品とされているが、冒頭の旋律が発展し「ミ」の音が音程を変えつつ繰り返されるところは、恋に焦がれた涙のしずくがひっそりとこぼれ落ちる-、そんな雰囲気を醸し出す。技術的には簡単だが,音楽的には非常に深く、


素顔のベートーベン 音楽の革命家 恋多きベートーベン 月光 2020年秋 ベートーベン生誕250周年企画 共同通信より5週連載コラム No.2
ベートーベン生誕250周年企画 共同通信より2020年秋5回連載コラム 生涯独身だったベートーベン。しかしほれやすい男だったことは、死後に見つかった手紙などから十分に推測できる。ロマンスのお相手は大抵が身分の違う上流階級の女性、そして、既婚者が多いことも結婚まで至らなかった大きな理由だといわれている。ベートーベンは恋愛に関してはモラル重視の真面目な男だったようで、既婚女性へは愛の炎に心を焼かれつつも、自ら身を引いていたようだ。そんなベートーベンだが、恋い焦がれる心のうずきをちゃっかり作品化することにはたけている。交響曲第5番「運命」や合唱「歓喜の歌」で知られる交響曲第9番のように荒々しく激しい音楽のイメージが流通しているが、多くのロマンティックな音楽を残している。 ピアノソナタ 第14番 通称 「月光」もその一つ。ウイーンに引っ越し、大都市暮らしにも慣れてきたベートーベンが、貴族の娘ジュリエッタに捧げた作品だ。一楽章はゆったりとしたテンポで、「タタタ、タタタ」、と淡々と3連符が続く。 この3連符の上に身に染み入るような甘く悲しい和音が乗って、そ


ベートベンの素顔 ベートーベンの小径と交響曲第6番 2020年秋 ベートーベン生誕250周年企画 共同通信より5週連載コラム No.1
「ベートーべンの小径」と彼の胸像はウイーンの北部にひっそりとたたずむ。木々に覆われた小径は小川沿いにあり、せせらぎの音とそよ吹く風が心地よい。散歩を日課にしていたベートベンは作曲用のメモ帳とともにひたすらこの辺りを歩いたそうだ。 かくいう筆者もオペラ作品の演出の構想を練るとき自然の中でひたすら散歩をする。そんなときにふっと天からアイデアが降ってくることがあるのだ。もしかしたらベートーベンもそんな感じだったのかなあ、などと思いをはせる。 「ベートーベンの小径」を外れ、しばし坂を登っていくと突然視界が広がり、眼下にはドナウ川が流れ、目の前には青空に光り輝く一面のブドウ畑、という風景に出くわす。初めてこの場所に立ったとき、ベートーべンの交響曲第6番「田園」1楽章がふと頭の中で流れた。ベートベンの魂との出会い、そして、デジャビュ。音楽とともに当時の農民の様子も脳裏に浮かんだ。 第6番は珍しいことにベートーべン自身が各楽章にも表題を付けている。第1楽章は「田舎に着いた時の楽しい感情の目覚め」。弦楽器による軽快で明るくスキップをするようなメロディーで始まり、