

ベートベンの素顔 ベートーベンの小径と交響曲第6番 2020年秋 ベートーベン生誕250周年企画 共同通信より5週連載コラム No.1
「ベートーべンの小径」と彼の胸像はウイーンの北部にひっそりとたたずむ。木々に覆われた小径は小川沿いにあり、せせらぎの音とそよ吹く風が心地よい。散歩を日課にしていたベートベンは作曲用のメモ帳とともにひたすらこの辺りを歩いたそうだ。 かくいう筆者もオペラ作品の演出の構想を練るとき自然の中でひたすら散歩をする。そんなときにふっと天からアイデアが降ってくることがあるのだ。もしかしたらベートーベンもそんな感じだったのかなあ、などと思いをはせる。 「ベートーベンの小径」を外れ、しばし坂を登っていくと突然視界が広がり、眼下にはドナウ川が流れ、目の前には青空に光り輝く一面のブドウ畑、という風景に出くわす。初めてこの場所に立ったとき、ベートーべンの交響曲第6番「田園」1楽章がふと頭の中で流れた。ベートベンの魂との出会い、そして、デジャビュ。音楽とともに当時の農民の様子も脳裏に浮かんだ。 第6番は珍しいことにベートーべン自身が各楽章にも表題を付けている。第1楽章は「田舎に着いた時の楽しい感情の目覚め」。弦楽器による軽快で明るくスキップをするようなメロディーで始まり、


海の向こうから母国のいく末を祈る
私は今、ニューヨークのはずれにある、ジャクソンハイツという地域に住んでいます。昔からいるニューヨーカーに言わせると、「危なくって住めない」と言われる、昔は麻薬やマフィアが運びっていた地域らしいです。その昔はアジア人が、そしてその後にイタリア系のユダヤ人が、そして今は中東の人たちがたくさん住んでいる、そんな地域です。しかしこの複雑な街の歴史のおかげで、今や世界で一番様々な多人種が住み着いている地域なのだそうです。その数350カ国!近所のスーパーでは英語ではない言葉で何やら書いてあったり、街行く人はサリーやターバンや、その他いろいろな民族の服を身にまとった人たちがいつも歩いています。 この町では毎週末のようにどこかの国の行事が大通りで行われたりしていているので、その度にいろいろな人に話しかけると、その国の文化を教えてもらうことができます。他の文化の人とその人の行事を一緒にお祝いさせてもらえるなんてなんとも楽しいことです。つい先日はイスラム教のラマダン(平たく言うと約一ヶ月の断食期間で神の恵みに感謝するのだとか。)が終わる日で、夕方本当にたくさんの人


石の上にも5年!オペラ団体、オペラポムルージュ始動開始の2015年を振り返って
あけましておめでとうございます。 皆様はどのような新年を迎えられたでしょうか。 私はフランスから来ていた友達と一緒にニューヨーク マンハッタンのど真ん中にあるタイムズスクエアで年越しのカウントダウンを体験するという、なんともラッキーかつ楽しい幕開けでした。 昨年2015年は、振り返れば色々な人に助けられながらオペラの夢に向かって一歩前進できたとても幸せな一年でした。 その前の年後半くらいから、新鋭の作曲家たちから新作オペラ企画の誘いが幾つも舞い込んでくるようになってきて(うれしい悲鳴である。)、そんなたくさんの個性豊かな楽譜に埋もれ、イマイチ道筋が見えないと頭を抱えているなか(そのような個性豊かな楽譜たちはダイヤモンドの原石になりそうなものもいくつもあるのだが、どのように磨いていけば舞台で光り輝くようになるのか、はたまた残念だがただの石ころで終わってしまうのか、見極めるのにはなかなか時間と膨大な想像力、エネルギーがいる。それらを見分け、可能性を見出せたら演出家、いや劇場支配人冥利に尽きるのだろう。)、1月末にウイーンとベルリンとバイロイト


アメリカでの初オペラ作品 2014年夏
残暑お見舞い申し上げます。 今年の日本は猛暑、それとは対照的に今年のニューヨークは肌寒いくらいの冷夏が続いておりますがかわらずお元気でお過ごしのことと思います。 私は今年アメリカに来て一番の忙しい夏、そしてまた楽しい夏を過ごしました。 と言いますのも吉報がありまして、8月8日9日にワシントンDCにあるケネディーセンター(ニューヨークで言うとリンカーンセンター並み、東京で言えば新国立劇場にあたるでしょうか?のような規模の総合文化施設。)でオペラの演出をさせてもらいました。作品は"Noli Me Tangere"というフィリピンの作曲によるフィリピンの英雄と革命を題材にしたグランドオペラで、フィリピンの文化庁などから沢山の助成金が出ているというものでした。 アメリカに移り住んで4年目、これまでいろいろな努力をしてみてもなかなか実を結ばなかった「仕事探し」がようやく一つ目のきちんとした形のプロジェクトとして実った形になりました。私のアメリカでのオペラ演出家デビューでした。ワシントンポスト(ワシントンDC近郊で一番大手の新聞です。)、その他沢


オペラ修行の旅3 新たなる大陸へ ニューヨーク
クリスマスのネオンが一段と美しく輝く年の暮れ、私はついに大西洋を越えニューヨークにやってきました。 旅立ちの前は実は大変に悩んでいました。ヨーロッパ生活9年間を経て、ヨーロッパ生活や文化が既に自分の中にとけ込んでいましたし、クラシック音楽やオペラの生まれた場所、ヨーロッパを離れるのがなにより寂しかったのです。そんな私の相談に乗ってくれ、勇気づけてくれたたくさんの友達の後押しによって、私はなんとかヨーロッパ9年間分の荷物を整理し、ニューヨーク行きの飛行機に乗り込んだのでした。 最初の下宿先がメトロポリタン歌劇場にごく近かったこともあり、日がとっぷりと落ちてからの到着でしたが、シャンデリアで光り輝くメトロポリタン歌劇場を外から拝み、荷物を部屋に入れたらすぐカーネギーホールに向かいました。なぜなら第一番のニューヨークの活動として、小澤征爾氏復活公演と題されたサイトウキネンオーケストラのニューヨーク公演の舞台裏のお手伝いをさせていただくことになっていたからです。 それから一週間のすべてのコンサート終了まで、以前大変お世話になった松本の方々、サイトウキ


オペラ修行の旅2 〜パリ 太陽劇団との出会い 体当たりのフランス生活〜
愛すべきウイーン、もはやここで私は生まれたんじゃないかとすら錯覚しつつあった大好きな街、第二の故郷ウイーン。いつ訪れても同じ時を刻み続けているのではないかとすら思わせるこの美しき音楽の都ウイーンを離れる日は予想以上に早くやってきました。 2009年夏にたまたまひょんなことからフランスの太陽劇団の公演を観劇したわけですが、その想像を絶する演出技術の完璧さ、素晴らしさに私は非常に感動。公演終了後その場にいた総支配人兼女流演出家アリアン・ムシュキン女史に思わず弟子入りを申し込んだのでした。そしてその一週間後には、何か見えない力に背中を押されるようにして荷物をまとめパリ行の夜行列車に乗りこんでいました。 このようにしてやってきたパリの太陽劇団ですが、この劇団はヨーロッパの演劇界ではとても有名で、またとても独特な劇団でもあります。 劇団と言うより、一つの小さな王国のようでありまた大きな一つの家族であるかのようです。場所はパリ郊外の自然公園の森の中にあり、勤務は稽古のあるときで朝の8時半から始まりますが、何しろ森の中なので近くにお店などは何もなく、したが